寄り道多めのブログ

高血圧予備軍の25歳。妊娠を機に減塩したり、生き方を考えたり。

6w2d 心境変化とか

こんにちは、たまです。

タイトルの通り、6w2dが経ちました。

日付にすると44日目です。

毎月激痛だった生理がないので、わりと元気です。

でも、最後に生理10回分以上の陣痛がくるんだよね…ははは(顔面蒼白)

 

6w0dの週始めに二度目の検診へいき、無事に胎嚢内に胎芽を確認しました。

「心臓もできててちゃんと動いてるね〜」と先生。

しかし、当のわたしはどの動きかわからず、「ど、どれですか…(えっ、手ぶれ…?)」と聞き返す始末。

「これ、これ〜白い小さいところがぴこぴこしてるのが心臓だよ〜」とマーカーを使ってもらって説明してもらいました。

 

よ、よかったー!

まだ心配ではあるものの、なんとか頑張ってくれてるんだなー!と一安心です。

 

そして、前回も言われていたルテイン嚢胞も元気に5cmまで成長しているとのこと…

こちらは安心できないな…

胎嚢よりおおきいので、検診の話題はルテイン嚢胞中心でした。

頚捻転(卵管が卵巣の重みに耐えれず捻れる現象)が起こると、爆発や壊死が起こり激痛と出血がくるから、なるべくこれ以上大きくならないように、安静に無理しないようにとのことでした。

こっちはホルモン落ち着いて小さくなっていくといいなぁ…爆発するのは勘弁願いたい。

 

エコーが終わって、今回は採血も実施。

血管が見えない腕なので、院長先生と悪戦苦闘すること五分(診察混んでたので申し訳なさMAX)

遠心分離機でわかる範囲では変な数値のものはないとのことでした(結果は次回)

 

まだ5mm長なので、2週間成長を待って、8週目に入る頃に予定日を計算しようねぇとのことで診察終わりました。

 

次回、無事であれば母子手帳がついに交付となります…!

気が早いのはわかるのですが、母子手帳を手にしたくてわくわくしてます。

 

ここで、母子手帳にまつわるわたしの話をひとつ…。

ちょっと過去の悲しい話なので、悲しい話は読みたくないやい!という方は飛ばして大丈夫です。

 

←ここから。回想始め→

わたし自身が生まれた後、すぐに両親が離婚し、父に育てられました。

親権を決めるときに、母親と会わせないと決まったらしく、母親の名前が書かれている自分の母子手帳を見たことがありません(なくしてはないそう)

自分の出生の情報がわからなくて、わたし自身が悲しかった経験もあり、自分の子どもは同じ体験をしてほしくない…何があっても君は大事に見守られていたのだよと伝えたいのです。

 

そんなわけで、母と過ごした期間はほんのわずかだった自分が母親になれるのかなぁという疑問のなか青春を過ごしました。

友人たちとお母さんたちの関係を見て、幸せな家族はたくさんいるなあと実感したり、不器用な父と祖母の関係を見て、考えたり。

友人たちはみな優しく、友人たちのお母さんたちもみな優しかったです。

遊びに行く度、自分の娘と同じように接してくれる暖かさ(友人には恥ずかしくて言えてません笑)でかなり救われました。

 

そして、たくさん、不安なことや悲しかったこと、思っていたことを主人とも話しました。

話す度、嫌な顔一つせず、「うんうん、一緒に乗り越えていこ。大丈夫だから」と言ってくれます。

あー、なんと心強い相棒なのか…!と感謝しかないです。

本当よく結婚してくれたなぁ〜すげぇやぁと。笑

(ちなみに、お義母さんも友人たちのお母さんと同じく、あなたはわたしの娘よー!子供が4人に増えたわ!と言ってくれます。泣きたい)

←ここまで。回想終わり→

 

いま、お腹に自分とは違う命があることを実感して、その命のために何ができるか、どれだけ自分が成長していけるか楽しみでいっぱいです。

母親になれるか、じゃなくて、たぶん、共に成長するんだな!!とひとつ答えがでました。

問題提起が違いましたね。笑

視点を変えたことで、「おいおい、不安だなぁ〜大丈夫かなぁ〜」と思っていたものはすこし軽くなりました。よかった。

 

当たり前だけど、貴重な体験だもんな、ありがたいな〜(涙目)

 

わたし自身が、たくさんの人に育ててもらったので、

この子もたくさんの人に抱きかかえてもらってほしいな〜

ぜひ生まれたいと思ってほしいな〜

と思ってます。

生まれるまでドキドキですが、無理せず、いきましょう!

 

よろしくお願いします!